- Address: Piazza San Pietro, 00193 Roma
- TEL: 39 06 6988 3731
- Open:
- Cost:
- Access:
- Web: http://saintpetersbasilica.org/
- Memo:
バチカンにある、オベリスクはローマで二番目に大きいオベリスクです。
■オベリスクの来歴■
このオベリスクの創建説はかなりあいまいで、2つの説が存在しています。
一つは 紀元前19世紀、アメンエムハト2世(紀元前1929~1895年)の時代にアスワンで切り出され、ヘリオポリスの太陽神殿の前に立てられたという説と、切り出された時代は不明ながらも、オクタヴィアヌス(ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥス帝・在位B.C.27~A.D.14)の命令でアレキサンドリアのジュリアン広場に立てられていたものを切り出してきたという説の両方があるようです。
なので、現在の扱いは創建王不明またはレプリカではないかといわれています。
注目すべき興味深い点は、このオベリスクには、ヒエログリフが彫られていません。
彫られていない理由としては,切り出したエジプト王が急逝したからか?ローマ皇帝がレプリカとして切り出したからか?と、これまた2説が存在するのです。
ローマに来てからの歴史をたどると、西暦37年(一説では40年に)、ローマ皇帝カリグラが母親の為に船でエジプトからローマに持ち帰り、同皇帝の作った「ガイウスとネロのキルクス」と呼ばれることとなる巨大な競技場の中央にオベリスクは据えられました。
その後、「ガイウスとネロのキルクス」はネロ広場と呼ばれ、現在はサンピエトロ寺院が建っています。
1586年、時のローマ教皇シクストゥス5世(在位:1585-1590年)は当時建築中だったサン・ピエトロ寺院前の列柱広場(現サンピエトロ広場)にこのオベリスクを移設するよう、当時の建築責任者であった、ドメニコ・フォンターナに命じました。
その後現在に至っている次第です。
このサンピエトロ広場のオベリスク以外、ローマにあるオベリスクは中世時代にすべて倒れてしまっているのに対し、このオベリスクだけは一度も倒れなかったと言われております。
それがなぜなのか、確かなことは分かっていませんが、エジプトの研究者によると、「このオベリスクが円形競技場に置かれていた時、聖ペテロをはじめ、多くのキリスト教徒殉教を目撃した最後の証人であるからだ」という説を自著の中で紹介しております。






